梅の木と“鶯の精”

2013-06-30 08:31:27

 

 娘が一人、部屋の窓枠に寄りかかり座っている。時折、窓の外を見やり、梅の木の根元を人夫たちが掘り返していく様を眺めては溜め息をつき、また部屋のどことも定まらぬ辺りに視線を移す。誰かと話をしているようでもあり、独り言をつぶやいているようにも見える。部屋には娘の他には誰もいない。

 実はこの時、娘はある存在と話していたのである。存在は自分のことを『鶯の精』だと言った。

 

 ここで一つ、梅と鶯について、少々話しておかねばならない事がある。一般に『梅に鶯』と言えば、取り合せの良いもの、調和のとれたものという成句(意味の定まった言葉)であり、決して、現実に梅の木に鶯がとまっているところをよく見かけるというわけではない。実際に梅の木によくとまっているのは目白であり、鶯はたいてい藪の中にいることが多い。また、梅の開花の時期は早春で、鶯の初音はそれより少し遅れて春を告げる。春告鳥と言われるゆえんでもあるのだが、梅の花と鶯の鳴き声には時期的に若干のズレがあるのだ。では、なぜ『梅に鶯』という成句が生まれたのかと言えば、春を待ち焦がれる人の気持ちが、花では梅、鳥では鶯に込められているということからきているのかもしれない。どちらも、春を待ちわびる者にとって、春がやっと巡ってきたと実感させてくれるものだから。つまるところ、『梅に鶯』は、比喩(たとえ)なのだ。

 それは、一般的には『取り合わせの良いもの、調和のとれたもの』の意であるが、その成句の方ではなく、『梅の木と鶯』について、長い間待ちわびた春の到来を示す、ある合言葉のようなもの・・・そのような比喩(たとえ)として、この物語を紡いでいきたいと思う。決して、現実にはないからと言って無意味だと即断せず、かつまた、現実に似たような話があったからと、直接的にその意味を探ることのないよう、切にお願いしたい。

 

 娘は昨日から、沈み込んでいた。なぜ、あの木が根こそぎ持っていかれなければならないのだろう・・・。帝の所望、勅令。大切に育てたからこそ召し上げられた、と言えなくもない。そういう意味では、帝の御眼鏡にかなったと、ほこりに思うべきなのかもしれない。しかし、娘にはとてもそのような発想は浮かばなかった。悔しさと、ぶつけ所のない怒りが娘の中でくすぶり続け、昨夜はおかしな夢ばかり見た。朝、目が覚めた時から部屋に一人の少年が静かに座っていて、娘に微笑みかけた時も、まだ夢の続きだと信じて疑わなかったほどである。

 少年は言った。

「君に話があるんだ。梅の木がすっかり掘られて抜き取られるまでに、君に伝えておきたい事がある。」

「あなた、誰?」

「僕は、そうだな・・・鶯の精・・・とでも言っておこうか。」


藤(1)へ続く