キヨヒメの里

1 青い山とお爺ちゃん

2013-08-02 16:26:41

 

 白浜でイワナガ姫ちゃんと別れてから、僕らが向かったのは清姫の里、牟婁の中辺路というところ。山の中を分け入っても分け入っても、やっぱり青い山・・・種田山頭火の俳句やないけど、なんか切ない気分になってきたわ。道は封鎖されてて、迂回路もなくて、渓流を渡す橋まで、無残にも流された跡があるだけ。なあ、如月ちゃん、何かあったんやろか?

 

「多分、二年前の台風・・・確か和歌山や奈良を直撃したあの台風でやられたんちゃうかな。ほら、ニュースで見たけど、すごかったやんか。」

 

あぁ、思い出した。春に東北の震災があって、その年の秋に来た台風やな。もう二年近くも経つのに、橋や道路がまだ復旧してへんとはなあ・・・。 如月ちゃん、清姫の生まれた里に行くって、ホンマにこれで道合ってるのん?ってか、清姫の生まれた所、知ってるのん?

 

「いや、全然知らん。中辺路やということしかわかれへん。でも、方向はこれで合ってるはずやで。」

 

ほんま、ええ加減やわぁ。

 とまぁ、そんな感じで道無き道をひたすら進んでた僕らは、森の中で一人の老人と出会ってんな。まさかそんな山奥で人と出会うとは思てへんかったから、僕はてっきり仙人かと思て、思わずラッキー!って叫びそうになったわ。仙人やったら、食べ物とか出してくれそうやんか。ところが、そのお爺ちゃん、ある意味仙人よりオドロキの人やったんや。あくまで、ある意味やけどな。

 僕らが疲れて木の陰で一休みしてたら、背後の草がザワザワってして、振り向いたら何と、一匹の大きな犬が現れてな、後ろに続いてお爺ちゃんが姿を見せてん。犬は僕らを見ても、全く吠えへんし、後ろのお爺ちゃんを振り向き振り向きしてな、まるで「見つけたよー」って言うてるみたいでな。お爺ちゃんはお爺ちゃんで、犬に鎖もつけてへんし、老人とは思えん身のこなしで僕らの前にヒョイっと出てくるし・・・。まあ、ビックリやったけど、僕が驚いたのは、もっともっと後のこと、お爺ちゃんの話を聞いてからやねん。

 

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 犬の名前はリキ。白い純潔の紀州犬で、女の子。しっぽが巻き尾やなくて、差し尾やから、狼みたいやねん。聞いてみたら、純潔の紀州犬は相当狼に近いねんて。そんで、全然吠えたりせんから、おとなしいんかなと思ったら、100㎏もある猪をリキ一人で仕留めたことがあるぐらい強いねんて。オドロキやろ!って、ほんまのオドロキはまだまだこの後やけどな。リキの話だけでも結構面白いことがたくさんあるねんけど、話を先に進めるわな。

 

 お爺ちゃんは、僕と如月ちゃんが今日来ることを知っていて、リキと山の中を探してたんやて。なんで知ってたんかと言うと、風に聞いたらしいねん。いや、風の便りとか噂っていう意味やないで。風から情報を読み取れるっていうか、風と話ができるねんて。まるで有間皇子みたいやなあって僕がふと漏らしたら、お爺ちゃんが驚いて

「有間皇子を知っておるのか?」

って聞くから、もちろん知ってるでって、古墳の鍵を開けて有間皇子の魂の封印を解いた話をしてあげてん。そしたら、お爺ちゃんが、

「皇子の封印が解けた事は、風に聞いて知っておったが、そうかそうか、おぬしらがその鍵を持っておったか。ワハハ」

って、楽しそうに笑うねん。ついでに、イワナガ姫ちゃんの話も僕がしてあげてん。そしたら、お爺ちゃん、もっと楽しそうに

「それは良かった。わしも長い間ここに住み続けた甲斐があった。」

って、言うねんな。そんで僕らをお爺ちゃんの家まで連れていってくれたんやわ。

 

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 お爺ちゃんについていくと、山の中に平たい土地が広がっててな。田んぼも畑もあるねん。で、家は一軒だけ。田んぼは、田植えが終わったばかりみたいで、まだ背の低い苗が整然と並んでたわ。お爺ちゃん一人で植えたんやって。梅の木も、蜜柑の木も、柿の木もあって、梅は実がいっぱいなってて、もうすぐ採り入れて梅干にするんやて。家の中はかなり広くて、何と!カマドも囲炉裏もあって、電気は使えへんらしい。僕、初めて見たわ。囲炉裏って、憧れやってん。

 お爺ちゃんが言うにはな、ここは二年前の台風が来るまで、お爺ちゃんの一族の小さな里やってんて。それが、あの台風の被害で、この家を除いてぜ~んぶ流されてしもてな、みんな、そのあと下の方へ家を建てて引っ越してしもたんやて。

 カマドで炊いたご飯と、今朝獲ったって言うヤマメの塩焼きを囲炉裏の前でご馳走になりながら、僕らはお爺ちゃんから色んな話を聞くことになったんやわ。

 

2 キシの里

2013-08-02 16:27:30

 

 「わしは、お前さんらに名乗る名前がないのでな、ただの爺さんと呼んでくれるかの。いや、そういう言い方は失礼じゃった。名乗る名前がない・・・というのは、名前を忘れたという意味じゃ。一種の記憶喪失みたいなものかのぅ。今日が何年の何月何日かも知らん。ここが、どういう地名であったかも忘れたのじゃ。しかしのぅ、わしは、自分が自分であることは知っておるし、カレンダーがなくとも、いつ何を植えて、いつ収穫すればよいのかも知っておる。地名は知らんが、この土地の癖はようわかっておるし、何一つ不自由はせん。町に住む者たちは、カレンダーに沿って毎日行動し、分刻みで予定を立てたりしておるようじゃが、時というものを本当にわかっておるのかと思う事もあるのぅ。みんな自分が誰だかわかっておるつもりじゃろうが、名前やら職業やら地位やら、誰それの息子であるとか、どこそこの子孫であるとか、そんなものが自分であるはずがないのじゃがなあ。して良いことと悪いことまで法律に尋ねなならんというのは、わしの記憶喪失より怖い記憶喪失ではないかの。いやいや、今のはちょいと詭弁であったの。わしにはちゃんと、生まれてこのかたの記憶はあるぞ。むしろ、それこそがわし自身であるからのぅ。忘れるはずもない。少々現代文明とやらを揶揄してみたかっただけじゃ。すまんすまん。ワッハッハ。」

 

お爺ちゃんの言うてること、僕わかるで。猫の僕から見たらそれって、常識やもん。人間の常識は時々ようわからん事があるさかいに。

 

「ほほう、これは楽しいお客が来てくれた。話がはずみそうじゃな。そうそう、おぬしらは玄さんと如月さんであったの。わしはさっき、名前や職業が自分ではないと言ったが、職業はともかく、名前は大事じゃ。どんな名前が良いか悪いかということではなくての、名前は、その人の人生の全てを、経験を通して注ぎ込んでゆく器のようなものじゃて。名前にどんな意味を込めていくのかは、その人次第ということになろうかの。顔みたいなもんかの。美人に生まれようが、変顔に生まれようが、表情を作っていくのは紛れもなく自分じゃ。見るのは常に他人じゃがのぅ。ワッハッハ。」

 

なあ、お爺ちゃん。僕らがここに来ることはわかってたんやろ。その理由も知ってるんか?実は僕、全然知らへんままに、如月ちゃんについて旅してきてん。僕にとっては旅の目的とかはどうでもええことやさかい。

 

「ワッハッハ、知っているとも言えるし、知らんとも言える。如月さんよ、お前さんはどうして旅に出ようと思ったんじゃ?」

 

「ある朝目が覚めたら、頭の中に地図が出来上がってたんです。ちょうど家のリフォームのために、しばらく外に出ないといけなかったから、この際、地図に沿って旅してみようかと・・・。地図はあっても、どこへ行くのか、どんな所で何をするのかは全く不明のまま、ここまで来たんです。」


それで良い、それで良い。目的や理由で縛らんかったから、そうじゃからこそ、清姫から鍵も預かれたし、有間皇子の封印も解くことができて、磐長姫を自由にしてやることもできたんじゃ。途中、髪長姫の話も聞いておろう。その時に、紀氏の里に行く夢など、見てはおらんかの。」

 

「えっ、なんでそれを?」

 

「少しずつ話すでのぅ、ゆっくりしてゆくがよいぞ。久しぶりの楽しい客じゃて、今宵は語り明かそうぞ。」

 

いやぁ、ごめん。僕、時々居眠りするかも知れんわ。

 

「構わん、構わん。わしは自分が話したいように話すし、お前さんらは聞きたいように聞けばよいのじゃ。ワッハッハ。」

 

ほな、さっそく一眠りしよかな。僕、ちょっと疲れたわ。Zzz…(*´?`*)。o○

 

「玄さんは、心が自由じゃな。それで良いのじゃ。

 

・・・さて、何から話そうかの。お前さんらは、ここが紀氏の里ではないかと、そう思っておるじゃろう。いかにも、そうであった時代もある。古代の叡智を受け継ぐ者の末裔ではあるが、末裔でしかない。そんなものに縛られて、己が人生を忘れてしまった者たちが次々に生まれたのがこの里じゃ。わしとて例外ではなかった。古代の叡智は、おそらく世界中に散らばって存在しておろう。それは、現代の物質中心の文明の中では、人間の尊厳を思い出す非常に重要なものではあるが、それに縛られて己を忘れるようでは、本末転倒じゃ。わしがその事に気付いたのは、東北の震災で福島にある安珍の念仏堂が流されてしまった時じゃった。安珍は福島のお人よ。安珍と清姫は、福島と紀州を結ぶラインの象徴じゃったでな。時は満ちたのじゃ。次にこの辺一帯の水害が起こる事はもう必定じゃった。続く秋の水害で、この地方の主立った古い社も水の洗礼を受けた。ほぼ壊滅状態じゃったのう。表の世界の終わりは、わしらには予言されたものじゃったが、いざ現実にそれをこの身で受けるというのは、なかなかに辛いものであったの。おっ、玄さん、目が覚めたか?どれ、柿の葉の茶でも煎れようかの。」

 

うん、おおきに。ちょうど喉が渇いてたとこやってん。

僕、猫舌やから、ぬるめでお願いするな。

 

「よしよし。」

 

お爺ちゃんは、この里の頭首やったんか?

 

「うむ、そんなようなもんじゃな。政治政党の党首とはちと違うがの。あれは上意下達式の、言わばピラミッド型の典型みたいなものじゃ。こっちの頭首は、どちらかと言えば、円の中心的存在かのぅ。」

 

あー、天皇みたいなもんか?実際は色々やろけど、一応国の象徴とかってなってるな。そんな感じ?

 

「形としては、そういう事になろうの。日本という国は、実際に政治を司る上意下達式の動きと、民の意識を集める円の中心点としての天皇の役割の二本柱で現実を織り成してきた。じゃから二本・・・日本でもあるかの。じゃがな、それらはどちらも表のことじゃて。その表が裏にひっくり返る時がくることを、わずかながらも古代の叡智を引き継ぐ者たちは知っておったんじゃ。まあ、知っておったというだけで、それが役に立つかどうかは別問題じゃがな。」

 

その、ひっくり返る時っていうのは、いつなん?

 

「もうすでにひっくり返っておる。心の目で見ればわかるであろうが、外の世界はその幕を閉じつつあるじゃろ。次の時代の萌芽に押されての。季節と同じじゃ。冬が終わってから突然春がくるわけではない。春の勢いに押されて冬は徐々に姿を消してゆくんじゃよ。春になったばかりの頃は、時にまだ寒い日もあるように、冬との付き合いもせねばならんがのぅ。そこが難しいところじゃな。」

 

なんとなく分かる気がする・・・けど、ほな、ひっくり返ってこれから現れてくる世界って、今まで裏やった世界か?どんな世界やねん?

 

「裏というよりは内側といった方がわかり良いかの。人間の内側には何がある?」

 

心・・・か?

 

「うむ、頭で考えることと、心で感じることがあるじゃろう。考えと想い・・・思考と感性と言ってもよいかの。これまで内側で目には見えなかった思考と感性が外に現れるということじゃよ。簡単に言ってしまえば、考えや想いの方が、お金や地位、名声よりも大事だということが誰の目にも明らかになってくるという意味じゃ。」

 

なるほどな、それはわかるけど、考えや想いって、一人一人違うやろ?それがみんなそれぞれに自分を中心に表に出し始めたら収拾つかんのと違う?

 

「その通りじゃな。じゃからこのひっくり返りの時が来るまで、内側に秘められておったのじゃろうのう。」

 

どゆ意味?

 

「ほれ、玄さん、両方の手でこぶしを作ってみよ。」

 

うん、こうか?ちょっと握り締めるのは猫の手では無理やけど。

 

「左手を動かさずに、右手で左手のこぶしの周りに円を描いてみよ。」

 

うん、そんで、これがどうしたん?

 

「目で、動いている方の右手のこぶしを追うのじゃ。」

 

うわっ!すごいな、これ。動いてる方の右手のこぶしが中心で、動いてへん方の左手のこぶしが回ってるように見えるわ!そうか、そういうことか。

 

「さすが、玄さんは猫じゃ。理解が速いのぅ。如月さんはどうじゃな?」

「はい、確かに、だんだんとそう見えてきました。」

「つまりな、円は一つではないということじゃよ。一つの円が回っているとすれば、その円の周縁が中心点となるもう一つの円が、必ず回っておるんじゃ。その時の円の周縁は、先の円の中心点になっておるという訳じゃな。」

 

みんなが円の中心になるって、このことか・・・。

 

「そうじゃ。ただ一つの何かを中心に置いた円しか見えない内は、絶対唯一のものを頂点に置いた、支配や被支配の世界からは抜け出せん。誰もが皆、自分が円の中心でもあり、周縁でもあるとわかるまではな。たとえ『和をもって貴し』と言えども、円の中心に特定の誰かを置き、円を一つと見なしたならば、上意下達とさほど変わらんよ。それぞれが、己が中心に円を描き、互いにその中心が誰かの周縁でもある事が、はっきりと見えてくれば、無茶も矛盾も自然と淘汰されてゆくはずじゃろうて。」

 

これまでも、みんな自分の中に自分の考えや想いがあっても、それがそれぞれの内側に隠されて見えなかったってことかな?そんで、お互いに干渉し合ったり影響しあったりしてたのが、これからははっきりと見えるようになるってこと?

 

「そうじゃ。内と外がひっくり返るとはそういう意味じゃ。誰にも見えんからと思って平気で誰かを傷つけてたようなことが、自分にも相手にも、周りの皆にも丸見えになってしまうんじゃ。」

 

そうか、人の心が読めるって言うと、今までは超能力っぽいイメージがあったけど、自分の心もはっきりわかってへんから、相手のこともわからんかったんやな。なるほど、そやから猫は人の心が読めたんやな。猫は誰でも自分の心がわかってるさかい。

 

「ふむ、そうとも言えるかの。ワッハッハ。」

 

3 実在の清姫と想念体キヨヒメ

2013-08-03 10:18:34

 

 ところでなあ、お爺ちゃん、一つ聞きたいことがあるねんけど、ここはホンマに清姫の里なんか?僕、ちょっと疑問に思えてきたわ。

 

「そろそろ、そんな質問が出る頃じゃろうと思っておったぞ。」

 

だってなあ、安珍清姫の話の清姫が、どう考えても、お爺ちゃんと同じ紀氏一族とは思われへんねん。僕、如月ちゃんの夢に入って清姫を見てるねんけどな、恋に狂って蛇に変身したのはまあ置いといて、お爺ちゃんみたいな考え方というか、雰囲気はまるでない、普通の娘さんやったで。それにな、ここに来る途中で如月ちゃんから聞いたんやけど、安珍清姫の話には元ネタがありそうやんか。如月ちゃんは古典好きでな、ちょっと好みは偏ってるけど、割と古典には詳しいねん。今昔物語とか法華験記とかに、よう似た話があるんやて。今昔物語も法華験記も、西暦で言うと1000年以降にできてるから、清姫の話より後やねんけど、何故かどちらも、安珍とか清姫とかって名前が出てへんねって。もし、清姫の話の方が先やったら、民間伝説で、ちゃんと名前が出ててもおかしくないやろ。

 

「ワッハッハ。なかなか面白い猫ちゃんじゃの。その通りじゃ。清姫本人は、わしら一族と何の関係もない。清姫は、ここよりずっと下の、中辺路の真砂庄という所の娘さんでのう、元々は都で天皇に仕えておった家系の姫さんじゃ。熊野詣での修行僧に恋して騙され、ショックで近くの川の淵に身を投げて死んだという話じゃよ。」

 

ええぇっ!蛇になったんと違うのん?

 

「ふむ、蛇になったと伝えられておるのは、今昔や法華験記にある、よく似た話のおなごの方じゃ。うまく話をつなぎ合わせたもんじゃのう。ワッハッハ」

ワッハッハーって、笑てる場合と違うで。それって詐欺やんか。

「そうじゃ。詐欺じゃ。そんな詐欺なんぞ、全国至るところにあろうぞ。たまたまご縁あって、お前さんらはそれに出会ったということじゃな。」

 

じゃあ、こういう事か?平安時代の初期に修行僧が熊野詣でこの辺りに立ち寄ることがよくあって、そこの娘・・・えーと今昔では後家さんやったかな、女が坊さんに惚れて、熊野の帰りにもう一度立ち寄るからという約束を反古にされたことに怒って、蛇に変身した・・・そんで蛇の姿で道成寺まで追いかけて、釣鐘に隠れた修行僧を焼き殺したという今昔や法華験記の話と、本当にあった「清姫」という娘の、修行僧に恋して、悲恋で自殺した話を、うまいこと組み合わせたってことか・・・。何っちゅうことや。

 

 

 ほな、僕らが見た清姫は誰やってん?砂の渦に吸い込まれていった、あの清姫は・・・。

 

「想念体じゃよ。女の醜い嫉妬や執念の強い想いが、『安珍清姫』の物語が語られ、広まる毎に強度を増して、キヨヒメという名の、狂った執念の想念体となったのじゃ。それは、どんな女の心にも潜んでおる、否定し難い情念かの。否定すればするほどに、内側で膨れ上がる困った情念じゃ。」

 

んー、じゃあ、キヨヒメが消えた後に、如月ちゃんの手の中に握られてたあの鍵は?

「順を追って話さねばなるまいのう。そのキヨヒメは、砂の渦の中に消えたのじゃな。」

 

 うん、もうすぐ人間の世界が一区切りつくから、妖怪も、人としての人生を全うするように神界からの仰せがあったとかって言うてたで。そんでな、人間として生まれ変わる時に今までの記憶をなくすらしいねんけどな、鍵があれば思い出せるんやて。ところが、記憶をなくしてたら、鍵があっても何のための鍵かも忘れてしまうから、如月ちゃんに預けとくって言うたんや。いつか人間として出会ったらその時に返してほしいって。

 

「その鍵はの、内側・・・心の中にあった鍵が外側に現れたものじゃ。具現化じゃな。言うたじゃろ。内と外がひっくり返ると。お前さんらが会ったキヨヒメは、多くの女の、それこそ何百年にも渡る時間の中の多くの女の情念の塊じゃ。如月さんとて女。いくらかはキヨヒメのような情念も心の中には持っておったじゃろ。キヨヒメと共鳴する部分をな。ある意味、キヨヒメは如月さんの分身のようなものじゃったのよ。その鍵というのは、如月さんの記憶を呼び覚ますための鍵であったということになろうかの。いやいや、キヨヒメ=如月さんというわけではない。すべての女がキヨヒメの心を持ち、キヨヒメから鍵を預かっておるという意味じゃ。男にしても同じじゃて。心の中に色んな妖怪を飼っているようなもんじゃよ。そして、その心の奥深くに、誰もが自分にしか開けられぬ記憶の鍵を秘めておるのじゃ。これからは、具現化も珍しくなくなろうぞ。」

 

 ほな、妖怪やもののけの類は、人間の怨念とかが生み出したものなんか。実体はないのんか?

 

「いや、ある。実体を与えてしまうほどに、人間の想念は強いということじゃ。ただし、内側の話じゃから、一般の人間には目に見えんことが多かったがの。じゃがの、それももうおしまいじゃて。多くの人間が、内側こそが大事とわかれば、醜い想念もはたまた清らかに装った神や仏も実体を失ってゆくじゃろう。本当に大切なものを、己の内側に見るからのう。」

 

 

 なんか、僕、ちょっと切ない気分になってきたわ。お爺ちゃんの話、よう分かるし、これから内側が外に具現化していくのは喜ぶべきことなんやとは思うけど、妖怪やもののけも、神や仏も、それぞれにみんな一生懸命やったんやろなあって。

 

「そうじゃのう。良いことも悪いことも、どれも有難いことであったんじゃろうのう。」

 

 

 ところでなぁ、お爺ちゃん。安珍って何やったん?やっぱり想念体やったんか?

 

「うーむ、ちょっとばかり違うのう。安珍は想念体としては弱すぎる。あれは、紀州と奥州をつなぎ、結界を張るための装置のようなもんじゃ。修行僧としてのモデルはあったじゃろうが、そんなものはどうでも良いことでな。・・・『今昔物語』と『法華験記』に収められてる蛇女の話については、どれくらい知っておるんじゃ?」

 

「『法華験記』は、仏教を広めるというか、仏教の力を誇示するための説話集だと聞いたことがあります。『今昔物語』の方は、『法華験記』からそのまま取ってきたんでしょうね。この二つの話はほとんど同じですから。」

 

「その通りじゃろうな。『法華験記』では、蛇女が道成寺で釣鐘に隠れた修行僧を焼き殺した後の話もあったじゃろう。」

 

あぁ、道成寺のお坊さんが、夢を見たってやつやな。釣鐘の中で焼き殺された後、蛇女の夫となって自分も大蛇になって苦しんでる修行僧が夢に現れて、法華経を書写して供養してほしいとか言うんやな。その通りにしてやると、またそのお坊さんが夢を見て、修行僧と一人の女が現れて言うんや。お陰様で蛇身を捨てて天に昇ることができましたとかって。そんで二人別々に空に昇っていくねん。道成寺のお坊さんは泣いて喜んで、法華経の威力は凄い!っとか言うねんな。ああ、もろ、法華経の威力を誇示する話やな。実際の清姫とは何の関わりもない展開になってるわ。現実では清姫は、蛇になったわけでもなく、修行僧の後を追ったわけでもなく、自分ちの近くで死んでるもんな。

 

「おうな、仏教の悪口を言うわけではないが、たいした救いにはなっとらんのう。救いよりも結界を張ることに御執心じゃったと見えるの。ワッハッハ」

 

4 魂を封印する古墳、結界を張る寺

2013-08-03 10:20:28

 

なんか、お爺ちゃんの言うの聞いてたら、仏教ってワルモンみたいやな。

でもな、道成寺の住職さん、メチャ優しかったで。美味しいカマンベールチーズもくれたし。

 

「すまん、すまん。仏教そのものが悪いと言うてるわけではない。お坊さん個人にもええ人は多いじゃろ。ちょいと難しい話じゃがの、仏教の慈悲という教えは、人間として大事な方向性を示すものじゃ。大切なものは内側にあるとな。じゃが、せっかくのその方向性も、時節が廻らんと力を持たんという仕組みじゃ。力がないゆえ、いくら仏の慈悲を説こうが唱えようが、力強い愛は芽生えんというこじゃよ。桜はの、その幹の中に、えも言われぬ桜色を秘めておる。じゃが、その色を花として外に開かせるには、春という時節を待たんといかんじゃろ。」

 

「あー、その話、知ってますよ~。志村ふくみさんという染織家の方が言うてはりました。桜色の染料は、花びらではなくて、ゴツゴツした幹から取るんやとか・・・」

 

「わしら日本人はの、外来の仏教がなくとも、この土地特有の方向性を持っておった。そして、その方向性は正しいものじゃった。後は力が花開く時節をのんびり待てば良かったのじゃ。じゃがの、それでは困る連中もおったというわけじゃ。仏教の元々の方向性を捻じ曲げ、それに対抗する神道というものまで作り上げ、両者で呪術の施し合いをして食い合う・・・愚かなことよのう。わざわざ神道などと言わんでも、日本人ならば己の内側が相手とも自然とも繋がり合っていることを心の内で知っておったというのに。有間皇子が若くして殺され、あの古墳に封印されたのは、そういう私利私欲にまみれた勢力の企てじゃ。皇子がもし長生きしておれば、平城遷都にも大きく影響を及ぼしたであろうからのう。」

 

ちょっと待って!話が飛んで訳がわからんようになってきたわ。

 

「あー、すまんのう。わしも話したいことがようさんあって、つい先走ってしもうた。」

 

有間皇子と仏教は、何か関係あるのんか?

 

「大ありじゃ。道成寺は有間皇子の魂を封印するために建てられた寺じゃて。」

 

なぬーっ!!!

 

「高台にある道成寺の本堂の仏像は真南を向いておってな、ちょうどそれが山門から下を見下ろす形になっておる。そこから真っ直ぐ南に向かえば、有間皇子の古墳に行き着く。逆に言えば、古墳から真北に道成寺が位置するように建てられたということじゃ。寸分違わずな。」

 

なんでまた・・・。

 

「それだけ有間皇子の影響力を恐れたのじゃろ。皇子はの、わしら一族と同種の、古来からの叡智を一身に受けた皇子じゃったからの。仏教も神道も関係ない、自らの内側から木や風や星々と対話できることを知っておった。そういう者が政治の中心におっては困る連中がの、皇子の魂の封印がおいそれと解けぬように結界を張ったのじゃよ。わしらとて、ただじっと堪えて、今という時が到来するのを待っておったわけでもない。紀友則、貫之らの名前は知っておろ?政治の中心にまで食い込んでいきおったが、友則は早世、貫之は土佐に左遷じゃ。」

 

へぇ~。じゃあさ、どうやって道成寺から皇子の魂の封印が解けへんように結界を張ったん?

 

「呪術については、ようわからん。わしらはそういうものを忌み嫌ったからのぅ。いくらか伝わっておる話では、不動安鎮法かの?」

 

『不動安鎮法』?なんか、安珍を連想する名前やな。

 

「おっ、玄さん、なかなか鋭いの。不動安鎮法とはな、不動明王を呼び出し、怨敵を降伏する呪法じゃ。『安鎮家国等法』とも言うて、八本の幡を八方に立てて何やら修法を行う修験道の秘法らしいがの。道成寺の横手の山で、そんなこともしたのであろう。」

 

うおぅ!その山、確か八幡(やはた)山とかいう名前やったで。僕、覚えてるわ。そんでな、八幡山の裏手にな、髪の長いお姫様の絵が、山の壁面いっぱいに大きく描かれとったで。あれは髪長姫やったんやな。

 

「ねえ、お爺ちゃん。不動明王で思い出したんですけど、確か高野山に赤不動という秘仏があったと思います。空海の甥っ子の高僧が、自分の頭を岩に打ち付けて血を流し、その血を絵の具に混ぜて描いた不動明王の絵だとか・・・。その高僧の名前が『円珍』・・・。安珍という名は、『安鎮法』と『円珍』から取ってるんやないでしょうか。しかも、その赤不動、ご開帳が4月28日、道成寺の会式が4月29日。何か関係があるよと言わんばかりに・・・。」

 

「おう、おそらくそんなところじゃろう。」

 

ほな、こういうことか。日本には古代の叡智・・・つまり正しい意識の方向性みたいなもんが伝わっていて、民衆も普通にそういう方向性を持っていたと。ところが、その方向性には力が伴わなくて、力が発動する時期まで何千年か待たなあかんかったと。そんで、力がないのをいいことに、外来の仏教をわざわざその方向性を捻じ曲げて導入したりして、民衆から古代の叡智を骨抜きにした・・・。邪魔な皇子や一族も殺したり追い払ったりして、有間皇子なんかは死後の魂さえ封印されたと。おまけにその封印が解けへんように、執拗に結界まで張ったんやな。最初は道成寺、八幡山の安鎮法かなんかで、後で『安珍清姫』のお話を創作して、民衆の心を、妖怪を生み出すような想念の方向へと曲げて、ついでに、奥州福島と紀州をつないだ・・・こういうわけか?それにしても、なんで福島やねん?そこがわかれへんな。

 

5 輪廻の時

2013-08-03 10:26:13

 

「日本中に龍脈が走り、龍穴があってのう、気の流れを操るために、そこいらに結界を張り巡らせた連中がおる。奥州福島は日本の鬼門、東北、艮(うしとら)じゃ。そこに龍穴の大事なポイントがあっての、そのポイントを押さえんがためじゃろうて。近畿にも江戸にも星型結界があるじゃろう。レイラインに沿ってエネルギーを地方から都会へ流すものもあるしの、様々じゃ。」

 

そんなことした連中って、誰?

 

「それも様々じゃ。一口では言えん。わしらから言わせれば、その連中はみな同じに見えるがの。連中同士は、敵じゃ、味方じゃと、付いたり離れたり、殺し合ったり、騒がしい事この上なかったの。まあ、それもやっと終わった。やれやれじゃ。」

 

日本中の結界は、もう壊れたんか?あの災害で・・・。

 

「災害・・・人間の側からすればたいそう辛い災害じゃったが、どうしようない、自然の摂理かのう。奥州と紀州をつなぐラインが壊れたのは、もうその後の流れを決定的にしたと言えるじゃろうな。今も悪あがきのように色んな呪術を施したり、性懲りもなく結界を張り直したりしておる者共もおろうが、焼け石に水じゃ。自然の動きは、つまるところ、我々多くの人間の内側の考えと想いが勢いを増して、外に溢れ出したと見た方が良い。」

 

そっかぁ、自然と人間は、ある意味イコールやということなんやな。うん、ちょっと分かる気もする。結界が壊れてたから、僕らはキヨヒメから鍵を手渡されて、有間皇子の封印を解くことができて、日本を支える裏の裏、磐長姫を自由にできたけど、そうしたいという想いが、気付かんうちにもあったからこそ、自然が結界を壊す働きをしていったとも言える。

 

「だいたい、そんなところかの。」

 

 

うーん、一つ疑問があるねんけど・・・。お爺ちゃんは、昔の話を、自分で見てきたように話してくれてるやろ?それがちょっと不思議やねん。全部お爺ちゃんの一族に伝わる話なんか?

 

「ワッハッハー!玄さんは相変わらず鋭いのう。確かに一族に伝わる話もあるが、実はの、わしはこの目で見た・・・と言っても良いほどに、わしの記憶の中に鮮明に甦っておるんじゃよ。不思議じゃの。わしにもようわからんが、二年前のあの日を境に、ボチボチと甦ってきたのじゃ。最初は夢であったり、渦巻く川を眺めていたりしていた時にのう、そしてその内には、薪を割っておるような時にも強い既視感が現れてのう、ああ、これが予言されていた輪廻の時の到来か・・・と。」

 

輪廻の時?

 

「うむ、宇宙の輪廻とでも言うべきか、外と内の世界のひっくり返しとでも言うべきか。人間は自分の生は見えても、死は見えんじゃろ。死の側から生を見るようになることじゃ。想いや考えという内側から外を見るのと基本的には同じじゃな。過去に死んだ者も、実は死んでおらんということじゃ。いつでも、生きている者の内側で生き続けておるのじゃ。わしら人間は誰でも、自分の内側で、多くの死んでいった者たちの生を生きておるのじゃよ。今も一緒に生きておるのじゃ。それが、はっきりと見えるようになる時が到来したと言っておる。現にわしは見えるようになったんじゃ。どうじゃ、凄いじゃろ!と、人に自慢することではないの。誰でも持っておるが、まだ見えん人が沢山おるというだけのこと。わしはこんな山の中で、文明の利器にあまり頼らず生活しておったことも、関係しておるじゃろうが、なに、早い遅いの違いなぞ、どうでも良いのじゃ。速さを競うのは、これまでの世界の価値観じゃて。」

 

6 箱と鍵

2013-08-04 06:43:08

 

「おや・・・玄さん、眠ってしまったようじゃの。」

 

Zzz…(*´?`*)。o○

 

「猫と子供の寝顔には、かなわんのう。大人もみな、これくらい邪気の無い寝顔で眠れると良いがの・・・。どうじゃ、如月さんよ、お前さんももう寝るかの?それとも、今しばらくわしの話に付き合うか?」

 

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 どうやら僕、途中で眠ってしもたらしいねん。気がついたら、辺りは白白と夜が明け始めて、窓から残月がうっすらと見えてたわ。如月ちゃんとお爺ちゃんはまだ話してて、マジで語り明かしたんやな。

 ちょっと寒かったから、如月ちゃんの膝に乗ろうと思って体をクネってしたらな、ビックリや!僕のお腹の辺りに何か固い箱みたいなんがあるねん。

 何、これー!って飛び退いて見たら、何やったと思う?・・・木でできた四角い箱やねん。オルゴールの箱みたいな、宝石箱みたいな、鍵穴があってな、それを見た三人はびっくりや。

 さすがのお爺ちゃんも驚いてたで。具現化もここまできたかーって。

 いやいやお爺ちゃん、サイババはしょっちゅうやってたって・・・;(-。-;)

 三人で交代ごうたいにその箱を回して、手に取って見たんやけど、蓋はどうやら鍵を入れんと開かんみたいやったわ。振ってみたけど音はなし。木の重みはあるけど、中身は軽そうに思えたな。

 そりゃあもう、ここは『あの鍵』の出番やろ。

「いつ、使うの?」「今でしょ!」みたいな・・・ゴメン、ちょっと古かったな(^▽^;)

 でな、ドキドキしながら、僕、如月ちゃんがあの鍵を箱の鍵穴に入れて回すのを見ててん。だってな、その箱は、僕が抱いて出現させたんやで。それが如月ちゃんの鍵で開くかもしれへんということは・・・や。僕と如月ちゃんの、二人に共通してる何かやっていうことになるやろ?

 

 箱を開ける前に、ここでちょっと言うとかなあかんことがあるねんけどな。ここは想念体キヨヒメの里でも、実在した清姫の里でもなかったということやねん。ただな、僕らは想念体のキヨヒメから鍵を手渡されて、実在の清姫の里を目指して牟婁の中辺路に向かってたら、いつの間にかここ、紀氏の里に辿りついていたというわけや。そんで、如月ちゃんが髪長姫の夢を見た時に、既に紀氏の里に行こうとする夢を見てたんやな。僕らは全然気づかずに、その場その時を過ごしてたつもりが、ちゃあんと流れのままになってたんやな。これって、偶然と必然が一致してるやんか。これが、お爺ちゃんの言う具現化、現象化の一つとも言えるんかなって、僕は思うわけよ。

 そんでな、僕は寝入りばなのウツラウツラ状態で聞いてたから、聞き違いもあるかもしれへんねんけどな、ここは紀氏の本流やないねんて。紀氏は、古事記でいう神代の時代から紀伊国におって、2000年以上も続く家系でな、そんなに古いのは、日本全国でもあんまりないみたい。天皇家を除くと、出雲と、阿蘇と・・・後忘れたけど、とにかく少ないねん。紀氏の本流を名乗る一族は、現代でも、『日前国懸』やったっけ、そこで宮司?神官か?そんなの続けてるらしいで。お爺ちゃんの話では、大昔に、その本流からお爺ちゃんらの一族が離れていったらしい。ってか、本流の方が離れたんかな。神武天皇の畿内平定とか、まあ、色々あり過ぎて、時代の流れの中で、紀氏のほとんどがそっちに付いたから、山に残ったんはごく少なかったらしいで。お爺ちゃんら自身でさえ、ここを紀氏の里と呼ぶのをとうにやめてたぐらいやって。

 お爺ちゃんが言うにはな、血筋とかって、実はあんまり関係ないらしい。もっと、何て言うか、縁みたいなもんでつながるのが大事やねんて。そういう意味では、血縁も縁やから、もちろん関係はするけど、そんなに気にするほどでもないらしいで。それよりなあ、自分の好みとか、得意な事の方が、縁を現してるらしいで。例えばなあ、如月ちゃんが古典好きなんは前に話した事があるけど、それも、縁やったんや。しかも、強い強い縁やったんやな。それはなあ、あの箱の蓋を開けてからの話になるさかいに、、またこの次にお話するわな。


うぐいすの宿へと続く