その10

2013-07-12 16:55:08

 

 語り終えた時、春江は涙ぐんでいた。一生自分の胸の中にしまっておくつもりだったのだと春江は言った。しかし、今日話せて良かったとも言った。百合子に分かってもらえたことで、秋江の霊も喜んでいるだろうと。

 百合子たち夫婦は、春江にまた来ることを約束して、車に乗り込んだ。百合子の夫は何度も伯母に頭を下げ、突然の訪問と、勝手な申し出を詫び、礼を言った。赤ん坊は百合子の腕の中で満足そうに微笑んでいた。

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 アパートに戻るまでの道のりを、百合子はぼんやり外を眺めながら過ごした。一度にたくさんの、しかも自分にとって大事な話を聞いたことで、少々混乱はしていたが、気持ちの方は落ち着いていた。

 夫は、そんな百合子をそっと見やり、静かに車を走らせた。

 

 さて、その夜の二人の会話である。

「百合ちゃん、どうだい?落ち着いたかい?」

「うん。まだよくわからない所もあるけど、小さい頃からのモヤモヤっとしたものが消えたみたいだわ。」

「それは良かった。」

「ありがとう。」

「どういたしまして。」

夫はふふんと笑った。

「ねえ、春江伯母さんは、お母さんの霊も喜んでるだろうって言ったけど、どうなのかな?ホントに喜んでくれてるのかな?」

「俺の考えを言ってもいいかい?」

「もちろん。あなたの考えを聞きたいの。」

「俺はね、お母さんの霊が喜んでいるとかって、別に思わないんだよ。そもそも、お母さんの霊が、未練がましくこの世に残っているとも思わないんだ。死んだら肉体は土に還るって言うじゃないか。もし霊や魂なんてものがあるとしたら、肉体が土に還るように、魂も還るべきところに還るんじゃないかな。土がまた新しい種の温床になって、芽を育むように、魂も還るべきところの、土みたいなものになって、新しい命の種の温床になるっていうかさ。物質がこの世で循環するように、魂も循環してる気がするんだ。この世で、この肉体でいる時だけ俺とか、百合ちゃんだとか、誰それだとかの形になっててさ。死んだら、一見消えちまうように見えるけど、そうじゃなくて、ちゃんと肉体は物質として循環し、魂も意識として循環してるんじゃなかろうかってね。」

「それって、輪廻のこと?」

「いや、全く違うよ。輪廻だと、魂はそのまま別の人間の肉体に入るってことだろ?魂も、土みたいなもの・・・そうだな、意識の海みたいなものの、ひとしずくひとしずくに還元されるイメージかな。」

「バラバラになるってこと?」

「バラバラをどうイメージするかだけど・・・、解体される感じじゃなくてね、還元されるイメージだよ。えーっとね、ホログラムってわかるだろ?」

「切り取ったどの断片にも元の情報が書き込まれているってやつ?」

「そう、それ。魂は、意識の海のひとしずくにまで還元されるんだけど、そのひとしずくには、生きてた時の経験とかが書き込まれている感じだな。」

「ふうん。なんとなくわかった。」

「死んだ肉体は物質として還元されるのに、魂だけがそのままの形で残って、次の肉体に乗り換えていくっていうのはさ、何か納得いかないんだよな。」

「魂も還元されるって考えた方が自然ってことね。」

「ああ、多分、肉体と魂は、見える世界か見えない世界かの違いだけで、仕組みは同じなんだと思うよ。だからさ、もし百合ちゃんのお母さんが、今回の事で喜んでるとしたらさ、それはお母さんの魂本体が今もその辺に浮遊していて喜んでるんじゃなくって、百合ちゃんの記憶の中に今も存在する、百合ちゃんだけが感じるお母さんが喜んでるんじゃないかな。百合ちゃんの中にも、春江伯母さんの中にも、それぞれお母さんが生きてるんだよ。ホログラムみたいにさ。それがさ、今日春江伯母さんと話をするまで、二人とも、自分の中でお母さんという人物の記憶の一部を失っていたっていうかさ、ピースがいくつか欠けていたんだな。その抜けていたピースが、お互い話すことで、そして知ることで見つかったってことじゃないか?浮かばれない霊がいるんじゃなくって、欠けたピースを求めてうろうろ彷徨っているのは、生きてる人間の方だってことさ。」

「うーん、難しいけど、わかる気はする。じゃあ、花嫁さんとの絡みは何だったわけ?昔見た幻は何のために現れたのかしら?」

「そこは俺にもよくわからないところだな。でもな、俺、人生で起きる出来事は必ず意味があるって思ってるんだ。いいとか悪いとかを問題にしちゃいけない気がするんだな。不思議な事って確かにあるよ。でも、そこに良いとか悪いとかの価値観をはめ込むとさ、恐怖につながったり、欲望を満たすための過度な期待になったりするんじゃないか?それだと、意味を見つけられないよな。自分にしかわからなくていいんだ。自分にとって意味深いものが見つかれば、不思議なことはホント、面白く感じられるようになると思うよ。」

「・・・あのね、私、今こう思うの。あの時の幻は、実は未来の私が見せたんじゃないかって。まだ子供だったから、その頃のお母さんの悲しみとか分かってあげられなくて、でも、私にも千沙が生まれて母親になれて、やっとお母さんの気持ちも理解できる時が来たのね。だから、昨日、あの空き地を見つけることが出来たんじゃないかって。花嫁さんのことは、その道しるべっていうか、ヒントを置いてくれてた感じかな。私と同じユリって名前とか、お母さんみたいに拝み屋に行ってたとか、偶然の一致が多過ぎなのは、気づき易いようにしてたのかな?」

「うん、百合ちゃんが感じたことが、多分正解だよ。またその内、違う感じ方とか、思いつきとか出てくるかもしれないけど、その時に感じたことが、いつも正解なんだよ。きっとね。霊媒師なんかを頼ったりしたら、一番おいしいとこを持ってかれちゃうようなもんさ。自分で見つけてこそ、自分のものになるんだよ。ただし、良き相棒はいた方がいいかもな。」

 二人の会話は長く続いた。時折赤ん坊を抱いたり、寝かせたり、お茶を飲んだりしながら、ごくごく普通の、日常の空間が、百合子には、とてつもなく愛おしく感じられる夜だった。

《完》