その5

2013-07-09 10:53:48

 

 玄関に立ったまま驚く夫にしがみつき、百合子は今日見た空き地の事を話した。夫は、最初何事かと焦りを見せたが、どうやら一瞬想像した娘の怪我であるとか、何か身に危険が及ぶようなことではないとわかり、百合子の背中を優しくポンポンとたたいて、テーブルの前の椅子に座らせた。

 まだ夕飯の支度が整っていないのを確かめてから、夫はこう言った。

「もう一度、ゆっくり話してくれるかい。とりあえず何か食べようよ。食べながら話そう。大丈夫。簡単なものなら俺が作るから。」

そして台所に立ち、手際良く味噌汁とサラダを作り、焼き鳥の缶詰を開け、作りおきの惣菜を冷蔵庫から出して皿に並べた。途中娘が泣いたので、百合子は赤ちゃんベッドから娘を抱き上げ、揺らしてあやした。母乳をやり、落ち着くとまた赤ちゃんベッドにそっと娘を寝かせて、夫が用意してくれたサラダに箸をつけた。が、全く食欲はない。夫はすでに食べ終えて、缶ビールを飲みながら百合子の話を待っていた。

 

 百合子は、今日見た空き地の話から、それにまつわる過去の話を、まるでズルズルと芋の蔓を引き出すように洗いざらい夫に向けて話した。話し終えた時、百合子は泣いていた。

「私、怖いの。何かに呪われてるの?お祓いしてもらった方がいいのかな・・・。」

それまで相槌程度にしか口を挟まなかった夫が、おっとりとした口調で、だが芯のある声で言った。

「百合ちゃん、俺は反対だよ。いや、百合ちゃんの話は全部信じるよ。もしかしたら、呪いっていうのも、本当にあるのかもしれない。だけど、お祓いには反対だ。明日は俺、休みをとって、百合ちゃんが見たっていう、その空き地に一緒に行こう。それから、昔百合ちゃんが住んでいた所にも行って、『花嫁さん』だっけ、その家の裏にも行ってみよう。何かわかるかもしれない。」

 夫の声を聞いている内に、百合子は次第に落ち着きを取り戻し始めた。冷めた味噌汁をすすりながら、自分が今空腹であったことにもやっと気がつけるほどに。夫が2本目の缶ビールを開け、百合子のグラスに半分注いだ。

「これくらいでも、母乳に影響するかな。怖がって震えている方が影響は大きそうだね。」

そう言って、夫はにっこり笑った。

「なあ、百合ちゃん、呪いとかってさあ、本当にあると俺は思うんだ。お祓いとかでちゃんと祓えたりもできるんじゃないか、とも思うんだ。非科学的な話だけど、絶対ないって証明もできないよな。でさ、百合ちゃんがもし、誰かに本当に呪われているとして、お母さんがその呪いで死んだんだとしてさ、百合ちゃんもこの先、自分がどうにかなっちゃうんじゃないか、お母さんみたいになるんじゃないかって怖いんだろ。見えない世界って、見えないからこそさ、よーく考えないといけないって、俺は思うんだよ。霊能者とかに任しちゃったらいけないんだ。何か理由があって現れている現象に違いないって、そう思うよ。百合ちゃんは、何か大事な事を忘れてしまっていて、思い出さなきゃいけないのかもしれない。もしくは、大事なことを知らされずにいて、今それを知らなきゃいけないのかもしれない。自分でそれを確かめなきゃ意味ない事になるんじゃないか。百合ちゃんが百合ちゃんであるためにさ、きっとそれは大切なものなんだよ。見えない世界とやらを、この目で見てやろうじゃないか。」

続く