2013-07-11 15:05:11
夫の運転で、百合子は懐かしい川辺の町にやってきた。堤防は見違える程に広くなっていて、アスファルトで舗装された2車線の道路は、白いガードレールで斜面とはへ切られ、交通量も昔とは雲泥の差だった。
百合子が住んでいた市営住宅があった辺りもすっかり様変わりして、広い道路が真っ直ぐに走り、見通しは良いが、とても子供が遊べる環境ではなくなっていた。通る車の数が半端ではない。
「私、小6の時に引っ越したから、こんなに変わってたなんて知らなかったわ。お母さんが死んで、お父さんの実家、お祖父ちゃんちに行ったから。食事のこととか、何ヶ月かは私が家事をしてたけど、やっぱりね、まだ小学生だったから、お祖母ちゃんが心配してね、お父さんに帰っておいでって。」
「そうかあ。結構大変だったんだな。」
「そうでもないよ。それにしても、こんなに変わっちゃってたら、何も見つからないわね。」
「そんなに変わったのかい?」
「ええ、もう全然。昔のままの家が一軒もないもの。」
きれいに整備された住宅地は、空き地どころか、雑草さえ生えていない。
ゆっくり車を運転していた夫に、百合子は突然大きな声で言った。
「止まって!あそこ、あのお店、健ちゃんちだ。」
「小林青果店?あの八百屋かい?」
「うん、そう。店構えは昔と変わってるけど、間違いないわ。」
夫は、小林青果店という看板がある八百屋の前に車を停めた。
「ちょっと、行ってくる。千沙ちゃん、お願い。」
「ああ、千沙のことは俺に任せて、ちゃんと気の済むまで話しておいでよ。」
「ありがとう。」
百合子が思った通り、その八百屋は、百合子の幼なじみ、小林健太の家だった。
「いらっしゃい!」
威勢のいい声は、すでに大人になった健太の声だった。
「健ちゃん、お久しぶり。」
「ん?・・・」
「百合子よ。高岡百合子。今は小川百合子だけど。」
「ああー!百合ちゃんか。ひっさしぶりだなあ。元気かい?」
「うん、ちょっと近くまで来たもんだから・・・。随分と変わったわねえ、この辺も。お店も建て替えたの?」
「ああ、でもそれ、もう6年前だぜ。スーパーがたくさん出来たから、もうウチは店じまいかって言ってたんだけどな、ちょうどその頃、道路整備で、ウチの店の一部が立ち退き対象になったんだよ。それで、市からお金が下りてさ、場所を大幅にずらして建て替えたんだ。駐車場も広く取れたし、ま、御蔭で何とかやってるよ。」
いくらか、昔話に花を咲かせたあと、百合子は一番気になっていたことを切り出してみた。
「ねえ、健ちゃん、『花嫁さん』って、覚えてる?みんなで押しかけて、『花いちもんめ』したじゃない?」
「・・・ああ、覚えてるよ。あの時さ、みんなで勢いつけて行った割には気まずい雰囲気で、俺、早くあの家出たくってしょうがなかったぜ。覚えてる、覚えてる。」
そう言って健太は笑った。
「あの家も、堤防を広げる時に立ち退きになって、どっかへ引っ越したな。それが、どうかしたかい?」
「う、ううん、何となく、ふと思い出したから。」
「そう言や、あの花嫁さん、名前がユリさんっていって、百合ちゃんと同じ名前だなって思ったことあるよ。漢字が違うけどね。確か理由の『由』に便利の『利』だったかな。」
百合子はゴクンと唾を飲んだ。
「何年も子供ができなくて、拝み屋さんに行って、やっと授かったとかってウチの母ちゃん言ってたな。百合ちゃんが引っ越した後、すぐの頃だったかな。」
「へえ~。」
百合子はもっと詳しく聞きたい衝動にかられたが、ちょうどそこへ、客が入ってきた。
「いらっしゃい!」
健太は百合子にパイプ椅子を一つ出し、
「ゆっくりして行けよ。」
と、言った。