その6

2013-07-09 15:18:38

 

 その夜、百合子は短い夢を見た。夢が短かったのは、途中で赤ん坊が激しく泣いたからである。もしもそのまま眠り続けていたら、夢がどんな風に展開したかは予想もつかない。夢は次のようだった。

 

 風呂場でシャワーを浴びている百合子。もちろん裸だ。立ったまま、頭からシャワーを浴びた時、瞬間的に百合子の髪の毛が数メートルも伸びた。まるでそれは、百合子の母親からまたその母親、またその母親と連綿と続く遺伝子の因縁を象徴するかのように、長く、強く、重く、百合子の裸足の足元でトグロを巻いた。

 突然、赤子の鳴き声がして、百合子は目を覚ました。心臓が高鳴る中、百合子は娘を抱き上げ、揺さぶりながら、呟いた。

「千沙(チサ)ちゃん、ごめんね。お母さん、必ずあの髪の毛、切るからね。」

 

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 翌朝、百合子たち夫婦は、乳母車に赤ん坊を乗せ散歩に出た。もちろん、あの空き地を探すためである。おおよその方角は分かっている。しばらくうろついている内に、夫がその空き地を見つけた。

「ここじゃないか?」

「そうよ。ここよ!」

夫は、尻込みする百合子をそのままにして、さっさと空き地に足を踏み入れていった。百合子は泣き出しそうな顔で乳母車に手をやり、夫の姿を見守っている。

「大丈夫だ。百合ちゃんもおいでよ。」

百合子は恐る恐る夫が立つ祠の前まできた。

「確かに異様な気配は感じるな。でも、この空き地自体は、多分地域の盆踊りとかに使われてるんじゃないかな。うちの田舎にもこういう感じの場所があるよ。小さな神社っていうかさ、神社のミニチュアみたいなもんだ。」

百合子は黙って頷いた。

「ここが幻じゃないってことははっきりしたな。で、次は、百合ちゃんが、子供の頃にこことそっくりな場所を見たということの意味・・・だ。つまり、その二つの場所の関係性ってことだな。その二つの場所を繋ぐ何かが、百合ちゃんの中にあるのかもしれない。」

「何か感じない?私、気持ち悪い・・・」

「うん、重くてどよ~んとしたものを感じるな。」

「敏感なの?」

「あのさ、見えないものをやたら信じる人ってさ、無いものまであると信じちゃうんだよな。そんでもって、見えないものなんか信じないって人は、あるものまで無いって否定するんだよ。見えても、見えなくても、あるものはあるし、無いものは無い。敏感っていうのはさ、多分、見えないものを信じるんじゃなくて、見えなくても、確かに自分は感じているものを認める時に出てくる感覚じゃないかな。それが何なのかは取り敢えず置いといて。」

「ふうん。ちょっと、理屈っぽい。」

「ハハハ。でもさ、そうやって考えると怖いってなくなるんだぜ。怖いのは、よくわからないからってのが一番大きな理由だと思わないかい?」

「うんうん、そうかもしれない。でさ、さっき言ってた『見えなくてもある』ってどういうこと?」

「うん、例えばさ、ここはなんだか重苦しい感じがするんだけどね、俺は確かにその重苦しさを感じてるんだ。それが『ある』ってことだよ。百合ちゃんがこことそっくりの場所を見たっていうのも『ある』ってことだ。でも、それが呪いだとか、霊だとかってことは今はまだなんとも言えないだろ?それが『無い』ってことさ。はっきりするまでは、それはまだ『無い』んだ。あるかもしれないけど、その可能性に恐怖するのは『無い』のいい例だよ。それより、自分が今、何をどんな風に感じているかをしっかり見つめる事が『ある』を認める事だと思うよ。」

 多少理屈っぽくはあったが、それが却って百合子を安心させた。どこかを彷徨っていた心が自分の元に帰ってくるような感じだ。二人は、そんな会話を続けながらアパートに戻った。

 午後には、百合子が昔住んでいた辺りに行く予定だ。夫と一緒なら、見知らぬ先に一歩踏み出すのも怖くない気がした。しかし、夫はこんな事も言った。

「これはあくまで百合ちゃんの問題なんだ。俺は一緒に見届けてやることはできない。偶然の意味を見つけ、何かを発見するのは、最終的には百合ちゃん一人だ。だけど、俺、できる限りの手伝いはするよ。こういうの、結構面白いし・・・。」

続く