時(トキ)の神、トート

2013-07-01 20:53:33

 

 天竺よりさらに西方にある、エジプトという国に、トートという神がいると伝えられている。トートは「月の神」であり、「時の神」であり、「言葉の神」でもある。また、「神々の書記官」として真実を記すとも言われているんだ。ふふっ、僕はトートによって、ここに遣わされた・・・と言うこともできる。ごめんよ、分かりにくい言い方をしてしまったね。

 トートは、トキという鳥の姿で表されることもある。神話というものは真実が語られ、伝えられているものなんだ。ただし、世界が成熟しきった時代の終わりが到来するまでは、ずいぶんと歪められる事になるんだけどね。君が知っている日本の神話も、いつか君自身が調べて読み解いてみるといいよ。面白い事実が見えてくるはずだ。今日は、そのヒントになることを、少し話しておこうと思う。

 

 トートは「時の神」だ。時は君たちが知っている時間じゃないよ。時間を越えたところにある、真実の時間なのさ。君は、過去から未来へと時間が流れているように感じているだろう。それは、さっきも言ったけど、間違ったイメージ、錯覚なんだ。そんな時間の感覚が定着していくと、人間は本当に『時』を忘れていく。千年後には、「時は金なり」なんて言われる時代が来るんだよ。時間の切り売り、何時間働いたらいくら儲かるか・・・ってね。そんなものが本当の『時』のはずがないじゃないか。人間はみんな、そんな時間の中にはまりこんで抜け出せなくなっていくのさ。だから、今の自分の中に、過去の全ての自分が含まれている事に気付けなくなってしまう。

 僕はね、そんな偽りの時間を抜け出して、真実の時間から君に会いに来ているんだ。

 トートはまた、「言葉の神」であり、「真実を記す書記官」でもある。エジプト神話ではアヌビスという神もいてね。アヌビス神は、死者の魂を天秤にかけて、その人が生きている間に、何をしたか、何を言ったかを、真実の羽根と照らし合わせて計量するって話になっている。これの意味するところはね、善行とか悪行とかじゃなくてね、どれだけ自分自身に嘘をつかずに生きたかって事なんだよ。他人にじゃないよ、自分にさ。

 さっき話した、二人の自分の内、どちらが主体かってことだ。誰でも両方の自分を持っているけど、どちらを本当の自分だと捉えるのかっていう意味さ。「これが私だ」と思う方の自分を大切にするか、「これがお前だ」と思われる方の自分を大切にするか・・・だ。

 その二人の自分の間で揺れ動く主体が、わずかでも影の方に傾いていたら、もう冥界には入れない。冥界っていうのは、真実の時間のある場所だよ。アヌビス神はその傾きを量るのさ。そしてトートがその記録をとる。冥界の入口にはオシリス神が立っていてね、全ての時代が終了する時、オシリスはその門を閉じる。つまり、最後の審判終了ってわけだ。

 なに、心配することはない。何も、救われる人と救われない人に分かれるわけじゃないから。影の方の自分が永遠に消えるだけだ。主体が影に偏っている場合に、自分が消えちゃうような気がするってことさ。

 

 さて、僕はここで君に合図について話しておかなくちゃいけない。千年後の君が間違わずにその合図を受け取れるようにね。まず最初は、君という木に絡みついた蔓(つる)を刈り取る作業を開始する合図だ。

 日本神話にある「猿田彦」と「うずめ」の像が後ろを向いたら、作業開始だからね。そして、オシリスの像が後ろを向き始める前に、作業を終えてしまわなければならない。なぜなら、オシリスの回転は冥界の入口が閉まる合図だから。まるで暗号だね。でも、その時が来たら、君にもきっとわかるさ。

 その頃、トート神も一つのサインを出すよ。トートは「月の神」でもあるって言っただろ。月が、ひときわ大きく輝くんだ。全ての人に、自分を正しく見るための鏡を提供するようなものかな。千年後の時代では「スーパームーン」なんて呼ばれ方をする。満月の中でもとりわけ大きく強く輝く満月なのさ。

 

 そしてもう一つ、大事な合図を伝えなくちゃ。君は蔓(つる)を刈り取った後、その根っこを掘り当てて、抜いてしまわなければいけないんだけど、これがなかなか見つからないものなんだ。その根っこが埋まっている場所を示す暗号・・・それはね、『梅』と『木』と『鶯』だよ。

 わかったかい?『うめ』『き』『うぐいす』だ。この言葉の見える場所に、必ず根っこがある。トートが、いつもより強い輝きで、その言葉のありかを指し示してくれる。月の光を月影と言うだろう。くっくっく。ああ、この笑い方、やっと思い出してくれたかい?そうさ、僕は僕だよ。千年後の君と一緒に、蔓(つる)を刈り取ったあの僕さ。

 

終章へ続く